京丹後市の昭和の遺産 峯山海軍飛行場跡のページ。

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このページは、大宮中学校編 「郷土と太平洋戦争」 から転載しました。

あ と が き

 冬休みあけの1月初旬からほつぼつ取り組み始めましたが、いざやってみると、初めてのことでもあり、資料収集のむずかしさ、執筆のむずかしさをいやというほど痛感しました。今日まがりなりにもどうにか完成にこぎつけたのは、いろいろな方々の暖かいご協力があったればこそで、33年余りも昔のことを思い出しながら快よく話して下さったり、書いて下さった多くの方々にこの場を借りまして心から感謝し、お礼申しあげる次第です。

 なにぶん慣れない仕事ですので、まだまだ埋もれている多くの事実や誤った記述があると思いますが、一読下さいました方々から教えていただき、また、指摘していただけましたらほんとうにありがたく思います。

 これを一つの契機として、郷土研究の輪が少しでも広がっていき郷土の埋もれた歴史的事実が掘りおこされるならばこんな嬉しいことはありません。

 最後になりましたが、つたない私たちに適切は指導をして下さいました奥丹社研事務局長の島田N先生、峰空事務局の藤村T氏、無理をお願いしましたK印刷さんに心からお礼申しあげます。


 昭和54年5月26日


                          大宮中学校教諭

                                  後 藤 幸 雄

                                  武 田 憲 明

                                  中 江 忠 宏

                                

昭和54年 大宮中学校編 「郷土と太平洋戦争」 から転載



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 峯山海軍飛行場の残存建築物は京丹後市の歴史建造物  保存運動を!

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平成18年6月28日作成
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